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神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)33号 判決 1992年7月29日

兵庫県津名郡五色町都志大日六五六番地の四

原告

中尾利治

右訴訟代理人弁護士

宗藤泰而

小貫精一郎

高橋敬

兵庫県洲本市山手一丁目一番一五号

被告

洲本税務署長 中村進郎

右指定代理人

山口芳子

北村博昭

山崎正義

植野寿二

長田義博

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して、昭和五六年三月一〇日付けでした原告の昭和五二年分、昭和五三年分、昭和五四年分の各所得税について、総所得金額をそれぞれ金四二〇万五、〇一四円、金四七二万〇、四九三円、金七四九万三、〇三五円とした各更正処分のうち、それぞれ金三〇九万七、八二五円、金二六〇万円、金二六〇万円を超える部分並びに右各年の各過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、畳床の製造卸を営む者であるが、各法定申告期限までに、被告に対し、別紙1の確定申告欄記載のとおり、昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税の確定申告をし、昭和五二年分については、昭和五三年一一月三〇日、同修正申告欄記載のとおり、修正申告をした。

これに対し、被告は、昭和五六年三月一〇日、原告に対し、別紙1の更正処分欄記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、両処分を一括して「本件更正処分等」という。)をした。なお、昭和五二年分の過少申告加算税を二、〇〇〇円と賦課決定したが、計算違いがあったので、昭和五七年一二月二日、八、〇〇〇円と変更決定し、右変更決定通知書は、そのころ原告に送付された。

2  原告は、昭和五六年四月一八日、被告に対し、本件更正処分等につき異議申立てをしたが、被告は、右異議申立ての翌日から三か月を経過しても異議申立てに対する決定をしなかったので、原告は、同年九月二六日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、昭和五七年六月三〇日、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決書は、同年七月二六日、原告に送達された。

3  しかし、原告の右各年分における総所得金額及び納付すべき税額は、別紙1確定申告欄(昭和五二年分については、修正申告欄)のとおりであり、これを超える本件更正処分等は違法である。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3は争う。

三  被告の主張

1  (推計の必要性)

被告の部下職員阿部信行は、原告の昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税の調査のため、昭和五五年一二月一九日以降数回にわたり、原告方に臨場し、原告に対し、事業に関する所得金額を計算するための基礎資料となる帳簿書類等の提示を求めたが、原告はこれを拒否した。

被告は、このような状態では原告の右各年における所得金額を実額計算することは不可能と判断し、やむを得ず推計により原告の所得金額を算定し、本件の各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたものである。

なお、原告は、昭和五二年分の所得税について、既に修正申告書を提出しているが、修正申告書が提出されている場合に推計課税ができないとする理由はないから、被告が調査したところに基づいて更正したことに何ら違法不当な点はない。

2  (推計の合理性)

(1) 被告は、原告の本件係争各年分の所得金額を算出するため、原告の住所地を管轄する洲本税務署並びに明石、三木、加古川、社、姫路、竜野、相生の各税務署管内の個人の納税者のうちから、係争各年分を通じて次の<1>ないし<6>の条件をすべて満たす同業者を抽出したところ、これに該当する同業者は、洲本税務署管内に一名、姫路税務署管内に一名、竜野税務署管内に二名存在した。

<1> 畳床製造業を営んでいること

<2> 右<1>以外の事業を兼業していないこと

<3> 本件係争各年分について継続して青色申告書を提出していること

<4> 本件係争各年分を通じて売上金額が一、一〇〇万円から六、〇〇〇万円までの範囲内(原告の売上金額の概ね二分の一から二倍以内)であること

<5> 年間を通じ、継続して事業を営んでいること

<6> 不服申立て又は訴訟係属中でないこと

(2) 右同業者の所得率の算定根拠は、別紙3のとおりである。

(3) 右同業者は、原告と営業形態、営業規模等の点において類似性があるから原告の所得を推計する基礎として適当であり、また、右同業者は青色申告者であるから、その金額等の算出根拠となる資料はすべて正確なものである。したがって、被告が右同業者の所得率を適用して原告の本件係争各年分の所得金額を推計したことは合理性を有する。

(4) 原告は、実額反証として、甲第一二号証の一ないし第九三号証を提出しているが、右証拠の提出は時期に遅れた攻撃防御方法に該当し、その申し出は許されない。

仮に、原告の実額反証が許されるとしても、そもそも推計課税は、納税者が算定するに足りる帳簿書類等の直接資料を提出せず税務調査に協力しないため、やむを得ず真実の所得額に近似した額を間接資料により推計し、これをもって真実の所得額と認定する方法であり、実額課税と同様に真実の所得額を認定するための一つの方法であって、課税庁において右推計課税の合理性につき立証をした場合には、特段の反証のない限り、右推計課税の方法により算定された額をもって真実の所得額であると認定するのである。そして、納税者が推計課税の取消訴訟において所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するためには、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要があると解すべきであって、右実額の存在をある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りると解すべきものではない。

3  原告の係争各年分の事業所得の金額は、以下に述べるとおり(別紙6参照)であり、この範囲内でした本件各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

(1) 昭和五二年分

<1> 売上金額(雑収入を含む)((a)+(b)) 三、二五五万六、四一〇円

(a) 売上金額 三、二四九万八、五一〇円

売上金額は、淡路信用金庫都志支店における原告名義の当座預金及び普通預金、都志農業共同組合における原告名義の当座預金及び普通預金の各入金額に基づいて算定した。その明細は、別紙2の1のとおり(二、九六五万六、六一〇円)であるほか、同年における原告の売上として、さらに二八四万一、九〇〇円がある。

(b) 雑収入 五万七、九〇〇円

雑収入は、原告がマスダケンから受領した畳表等のあっせん手数料である。

<2> 算出所得金額 一、〇九五万八、四八七円

算出所得金額は、右<1>の売上金額に同業者の所得率(売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた金額の売上金額に対する割合)の平均率(以下「同業者平均所得率」という。)三三・六六パーセント(別紙3参照)を乗じて算出した。

三、二五五万六、四一〇円×三三・六六%=一、〇九五万八、四八七円

<3> 特別経費((a)+(b)+(c)) 一一一万八、五八二円

(a)  雇人費 五〇万円

雇人費は、大向正義に対する支払額である。

(b)  支払利子割引料 四二万八、〇五二円

支払利子割引料の明細は、別紙4のとおりである。

(c)  建物減価償却費 一九万〇、五三〇円

建物減価償却費の明細は、別紙5のとおりである。

<4> 事業所得金額(<2>-<3>) 九八三万九、九〇五円

(2) 昭和五三年分

<1> 売上金額 二、二八五万七、三七五円

売上金額は、淡路信用金庫都志支店における原告名義の当座預金及び普通預金、都志農業共同組合における原告名義の当座預金及び普通預金の各入金額に基づいて算定した。その明細は、別紙2の2のとおりである。

<2> 算出所得金額 八〇七万〇、九三九円

算出所得金額は、右<1>の売上金額に同業者平均所得率三五・三一パーセント(別紙3参照)を乗じて算出した。

二、二八五万七、三七五円×三五・三一%=八〇七万〇、九三九円

<3> 特別経費((a)+(b)+(c)) 一〇五万四、六八八円

(a)  雇人費 五〇万円

雇人費は、大向正義に対する支払額である。

(b)  支払利子割引料 三六万四、一五八円

支払利子割引料の明細は、別紙4のとおりである。

(c)  建物減価償却費 一九万〇、五三〇円

建物減価償却費の明細は、別紙5のとおりである。

<4> 事業専従者控除額 四〇万円

<5> 事業所得金額(<2>-<3>-<4>) 六六一万六、二五一円

(3) 昭和五四年分

<1> 売上金額 三、二九二万〇、七五〇円

売上金額は、淡路信用金庫都志支店における原告名義の当座預金及び普通預金、都志農業同組合における原告名義の当座預金及び普通預金の各入金額に基づいて算定した。その明細は、別紙2の3のとおり(二、八七二万〇、七五〇円)であるほか、同年における原告の売上として、さらに四二〇万円(昭和五五年一月二四日に入金されたもの)がある。

<2> 算出所得金額 一、二五〇万九、八八五円

算出所得金額は、右<1>の売上金額に同業者平均所得率三八・〇〇パーセント(別紙3参照)を乗じて算出した。

三、二九二万〇、七五〇円×三八・〇〇%=一、二五〇万九、八八五円

<3> 特別経費((a)+(b)+(c)) 九七万〇、三四八円

(a)  雇人費 五〇万円

雇人費は、大向正義に対する支払額である。

(b)  支払利子割引料 二七万九、八一八円

支払利子割引料の明細は、別紙4のとおりである。

(c)  建物減価償却費 十九万〇、五三〇円

建物減価償却費の明細は、別紙5のとおりである。

<4> 事業専従者控除額 四〇万円

<5> 事業所得金額(<2>-<3>-<4>) 一、一一三万九、五三七円

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、被告の部下職員が原告方を訪れたこと、原告が昭和五二年分の所得税について修正申告書を提出していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告の部下職員は、やみくもに、帳簿をみせるよう原告に求めるだけで、原告が訪問の理由を明らかにするよう求めたにもかかわらず、その理由を明らかにしなかった。被告は、原告の右疑念に何ら答えることなく推計課税を行ったものであり、推計を行う合理的根拠を欠くものである。また、昭和五二年分の所得税について修正申告書を提出しているのに、再度課税するのは、推計課税の要件を欠くものである。

2  同2は不知もしくは否認する。

3  同3について

(1) 昭和五二年分について

<1>(a) <1>の(a)は認める。

(b) <1>の(b)は認める。

<2> 否認する。原告は、本件係争各年分の所得につき、雇人費(被告が特別経費として掲げているもの)を含め、経費については、書証を提出しているのであるから、これによって認められる実額で所得を算出すべきである。(以下、各年分について同じ。)

<3>(a) 否認する。原告が支出した雇人費は、四二八万〇、五〇〇円である。なお、右主張金額と甲第二ないし第四号証の各一、二(日雇帳)記載の金額との差は、日雇帳には、化学床(スタイロ床)の分に関する給与について、多くの記載漏れがあることによるものである。(以下、各年分について同じ。)

(b) 認める。

(c) 認める。

<4> 争う。

(2) 昭和五三年分について

<1> <1>は認める。

<2> 否認する。

<3>(a) 否認する。原告が支出した雇人費は、三七六万四、五〇〇円である。

(b) 認める。

(c) 認める。

<4> 認める。

<5> 争う。

(3) 昭和五四年分について

<1> <1>のうち、昭和五五年一月二四日に入金された四二〇万円は否認するが、その余の事実は認める。右四二〇万円は、定期預金を解約して当座預金口座に入金したものである。

<2> 否認する。

<3>(a) 否認する。原告が支出した雇人費は、四六九万五、五五〇円である。

(b) 認める。

(c) 認める。

<4> 認める。

<5> 争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の証拠に関する目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  推計の必要性について

1  成立に争いがない乙第八ないし第一〇号証、証人阿部信行の証言によれば、原告の昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税の確定申告書は、所得金額のみを記載し、売上金額や必要経費の内容を記載していないものであったこと、そこで、被告の部下職員である阿部信行は、原告の右各年分における所得の調査のため、昭和五五年一二月一九日、事務官一名を同道して原告の工場を訪ねたこと、阿部は、対応した原告に対し、調査の理由を告げ、原告の事業の概要につき質問したこと、阿部は、そのうえで備付けの帳簿の提示を求めたところ、原告が、「帳簿は全く記帳していない。」と答えたため、さらに、その元になる納品書、領収証等の書類の提示を求めたが、原告は、「納品書、請求書、領収証等の書類は全く保存していない。」として、車庫に保管してあった趣旨不明のメモ一枚を示したのみで、右領収証等を全く提示しなかったこと、また原告は、売上先や仕入先等についての質問に対しても、その具体的な氏名を答えなかったこと、阿部は、昭和五六年一月にも二回にわたり、原告の工場を訪れ、原告に対し、取引先等を明らかにするよう求めたが、原告は、これに対しても応じようとしなかったこと、また、同年二月五日、洲本税務署を訪ねた原告に対し、阿部が修正申告をするよう求めたところ、原告はこれを拒否したこと、そこで、被告は、原告から帳簿等の提示は得られないと判断して、推計により原告の所得金額を算定し、昭和五六年三月一〇日、本件各処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたことが認められる。原告本人尋問の結果(第一、二回)中、右認定に反する部分は採用することができない。

2  右事実によれば、本件更正処分時において、被告が原告の各係争年分の所得の実額を算定することは不可能であったと認められるから、推計による課税処分の必要性があったといわなければならない。

3  なお、原告は、昭和五二年分については、修正申告書を提出しているのに、再度課税するのは、推計課税の要件を欠く旨主張する。

しかし、昭和五二年分の所得につき、原告が修正申告書を提出したのは、別紙1のとおり昭和五三年一一月三〇日であって、被告による調査が始まる以前のものであり、また右修正申告書も、所得金額のみを記載したものであったことは、昭和五三年分及び昭和五四年分と同様であったから、推計課税の必要性が認められることは、右のような修正申告書が提出されていることによって何ら左右されるものではない。

三  原告の所得金額について

1  本件各係争年分の原告の売上金額

(1)  原告の各係争年分の売上金額として、被告主張の別紙6の売上金額(その詳細は別紙2の1ないし3のとおり)欄のうち、昭和五四年分の四二〇万円(昭和五四年一月二四日に入金されたもの)を除き、当事者間に争いがない。

(2)  弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一一号証によれば、淡路信用金庫志筑支店における原告名義の当座預金口座に、昭和五五年一月二四日、四二〇万円が入金されていることが認められる。

原告は、右金員は、定期預金を解約して当座預金口座に入金したものである旨主張し、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第九五、第九六号証によれば、淡路信用金庫都志支店に昭和五四年一月五日に預け入れられた中尾仁美及び美里名義の定期預金が満期である昭和五五年一月五日の後である同年一月二三日に解約され、元金計四七三万七、四四一円(及びそれまでの利息)が払い戻されていることが認められる。

しかし、原告作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一二ないし第一四号証によれば、同年一月八日に、原告振出の小切手金三枚計四〇〇万円が決済されていることが認められ、また、右乙第一一号証によれば、前記原告の当座預金口座から、計四〇〇万円が同年一月九日に出金されているとの記載があり、この出金は、右小切手が決済されたことを記載したと認められる。さらに、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一五ないし第一八号証によれば、同年一月八日に、淡路信用金庫都志支店において、平岡利治名義で二〇〇万円、平岡和子名義で二〇〇万円が、それぞれ定期預金として預けられていること、右両名名義の定期預金は、いずれも原告のものであること、右定期預金は少なくとも同月二四日ころまでに解約された形跡はないことが認められる。

そうすると、原告は、問題の当座預金口座に四二〇万円が入金される二週間ほど前にわざわざ右当座預金口座から四〇〇万円を出金して、同じ支店に仮名で定期預金として預け入れるという操作をしているのであるから、その直後に家族名義の他の定期預金を解約してほぼ同額の金員を右当座預金口座に預け入れるという複雑な処理をする合理的理由は見当たらないのである。

したがって、原告の右主張は採用することができず、結局、右四二〇万円は、前年の売上金がそのころ原告の口座に入金されたと認めるのが相当である。

(3)  したがって、原告の係争各年分の売上金額は、被告主張のとおり(別表6の金額、但し、昭和五二年分は、雑収入を含む。)であると認められる。

2  算出所得金額(売上金額から売上原価及び一般経費を控除したもの)

(1)  証人西野但の証言により真正に成立したと認められる乙第三ないし第七号証、証人西野但の証言によれば、被告は、推計により原告の本件係争各年分における所得金額を算出するために必要な同業者の選定について、大阪国税局長を通じて、原告の住所地を管轄する洲本税務署及びこれに隣接する明石、三木、加古川、社、姫路、竜野、相生の各税務署の各署長に対し、各管内の個人の納税者の中から、<1>畳床製造業を営んでいること、<2>右以外の事業を兼業していないこと、<3>本件係争各年分について継続して青色申告書を提出していること、<4>本件係争各年分を通じて売上金額が原告のそれの概ね二分の一から二倍である一、一〇〇万円から六、〇〇〇万円までの範囲内であること、<5>年間を通じ、継続して事業を営んでいること、<6>不服申立て又は訴訟係属中でないこと、の六条件をすべて満たす同業者の売上金額、売上原価、一般経費を記入した同業者調査票の提出を求めたこと、右六条件にすべて該当する同業者は、洲本税務署管内に一名、姫路税務署管内に一名、竜野税務署管内に二名、計四名存在していたこと、右各税務署長から送付された調査票に基づき、同業者四名の所得率(売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた金額の売上金額に対する割合)の平均値(同業者平均所得率)は、別表3のとおり、昭和五二年分が三三・六六パーセント、昭和五三年分が三五・三一パーセント、昭和五四年分が三八・〇〇パーセントとなることが認められる。

(2)  右事実によれば、原告の所得を推計するための算出所得率を算定する目的で、被告が考案した同業者の選定基準は、業種が畳床製造業と同一であり、事業場所も淡路島及び同島に隣接する税務署管内の業者であって近接しているし、事業規模も比較的近似している業者となっているなど、同業者の類似性を判断する要件としては、合理的であると認められ、ここに被告の恣意が入り込む余地はないと認められる。また、右同業者として選定された者は、いずれも年間を通して事業を継続している青色申告者であり、かつ、その業者の数値は、大阪国税局長の通達により各税務署長から報告されたもので、資料の正確性も担保されていると認められる。その上で選定された同業者は、四名であるから、その所得率を平均することにより、個々の同業者の個別性、特殊性を捨象し、客観的な同業者の所得率を得るに十分な件数であると認められる。

原告は、本件訴訟において、右同業者の選定基準を争っているのであるが、本件において推計課税が必要とされたのは、前記認定のとおり、原告の帳簿書類等の不提示や、所得調査に対する非協力的な態度により、所得の実額を算定することができなかったためであり、この推計により得られた近似値を真実の所得金額として取り扱うものであるから、同業者の所得率による推計を行う場合にも、業種、業態、営業規模等において同業者と原告とが完全に一致する必要はなく、類似する同業者を数名選出し、その所得率を平均化することにより、個々の同業者の個別性、特異性を捨象することができるから、このような手法により、同業者率を算定することは、合理的なものといわなければならない。

(3)  原告は、本件係争各年分の所得の算出に当たり、売上金額については、被告主張の金額のうち、前記昭和五四年分の四二〇万円を除いては特に争わず、売上原価及び一般経費の額については、甲第一二号証の一ないし第九三号証を提出して、右各証拠によって認められる実額により、各年分の所得金額を算出すべきである旨主張する。

ところで、既に述べたとおり、推計課税は、納税者の帳簿不提示や、所得調査に協力しないため、やむを得ず、間接的な資料により真実に近似した額を推計し、これをもって真実の所得と認定する方法であり、実額による課税と同様に真実の所得額を認定するための一方法であって、課税庁において、推計課税の合理性につき立証をした場合には、特別の反証のない限り、推計により得られた額をもって真実の所得額と認定するものである。したがって、納税者がする実額による反証が有効なものとなるためには、立証しようとする実額が真実の所得額に合致し、推計は不要であるとすることに合理的な疑いを容れない程度に達することを必要とすると解すべきである。

本件において、原告は、売上金額については、前記昭和五四年分のうち四二〇万円を除いて被告主張の金額を争わず、経費についてのみ実額を主張立証しているのであるが、そもそも被告においては、売上金額に関し、限定的な資料しか入手することができず、これを限定的に把握することができたに過ぎないものであるから、その金額から経費のみを実額で差し引くことにより算出される金額が所得の実際の額に近似する数値でないことは明らかである。したがって、本件では、原告は、売上金額についても、すべての取引先に対する総売上金額を主張立証すべきであり、原告主張の売上金額の他にも売上金額が存在する可能性が認められるときには、原告が経費に関する実額のみを主張立証するだけでは、被告の推計による所得金額の認定を覆すに足りる有効な反証とはならないと解するのが相当である。

ところで、被告主張の売上金額は、淡路信用金庫都志支店及び都志農業協同組合における原告本人名義の預金口座への入金のうちから、売上代金の回収として認定したものの合計金額であることは、弁論の全趣旨に照らして明らかである。しかし、原告本人の供述によれば、売上代金の支払として受領した手形又は小切手を、右預金口座に入金しないで、そのまま経費の支払いに充てたこともあったというのであり(原告本人昭和六三年一〇月一二日付尋問調書五丁)、右口座への入金額に基づくもののみでは、原告の売上金額をすべて把握したことにならないことは明らかである。また、証人大向正義の証言によれば、原告方で働いていた大向正義は、原告から仕入れた材料代金について、原告から支払われる賃金と相殺していた(同人の昭和六一年九月一〇日付証言調書二四丁)というのであるから、右預金口座に入らない売上金額も存在したことが認められるのである。

これらの事実によれば、被告が原告の預金口座への入金に基づいて主張し、原告も認めた売上金額の他にも売上金が存在した可能性が十分にあると認められるから、原告が経費について実額を主張することは合理性を欠くものであり、推計による所得額の算定に対する有効な反証とはならないといわなければならない。

(4)  したがって、前記1の売上金額に、右同業者平均所得率を乗じて、原告の本件係争各年分の算出所得金額を算定すると、別紙6の算出所得金額欄のとおり、昭和五二年分が一、〇九五万八、四八七円、昭和五三年分が八〇七万〇、九三九円、昭和五四年分が一、二五〇万九、八八五円となる。

3  特別経費について

(1)  原告の本件係争各年分の所得の算定につき、特別経費のうち、支払利子割引料及び建物減価償却費は、各年分とも、当事者間に争いがないから、原被告間に争いのある雇人費について、検討を加える。

(2)  原告は、雇人費として、昭和五二年分は四二八万〇、五〇〇円、昭和五三年分は三七六万四、五〇〇円、昭和五四年分は四六九万五、五五〇円である旨主張する。そして、右金額を裏付ける証拠として甲第二ないし第四号証の各一、二(日雇帳)を提出し、これらに記載された金額は、原告主張の雇人費の一部を立証するというのである。

そして、原告がその従業員に対して支払った給与として右日雇帳に記載されている金額を合計すると、昭和五二年分は三二二万一、九二五円、昭和五三年分は二六三万二、六五〇円、昭和五四年分は二三一万六、三〇〇円となることが認められる。

原告は、前記主張金額と右日雇帳記載の金額との差は、日雇帳には、化学床(スタイロ床)製造の分に関する給与について、多くの記載漏れがあることによるものである旨主張し、原告本人も、その旨の供述をしている(原告本人昭和六三年四月一三日付尋問調書一丁)。

(3)  そこで、右日雇帳について考察すると、まず、原告は、本件係争各年分についての確定申告に際し、所得を右日雇帳に基づいて計算したことはない旨供述(原告本人昭和六三年六月二九日付尋問調書四丁)しており、また前記認定のとおり、被告の部下職員阿部が調査のため原告の工場を訪れて、帳簿書類の提示を求めたのに対し、原告は、帳簿は一切記帳していない旨述べ、日雇帳を始めとする一切の帳簿の提示を拒否したのみならず、その存在すら否定していたのである。

さらに、原告作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一九号証によれば、原告は、本件の更正処分等に対する不服審査(大阪国税不服審判所神戸支所で審査したもの)において、同不服審判所の担当官からの質問に対し、「賃金台帳はつけていない。給料をいくら支払ったかわからない。」と答えていることが認められる。

このように、本件訴訟において右日雇帳を証拠として提出することは、その存在すら否定していた訴訟前における原告の言動とは大きく矛盾するものであるが、この点について、原告は、「日雇帳は最初からあったが、裁判になった後に見つかった。」旨弁解(原告本人昭和六三年六月二九日尋問調書三、四丁)している。

右弁解自身、継続的に製造業を営んでいる者として不自然なものであるが、さらに、右日雇帳に記載された給料が実際に支払われたことを推認させる帳簿等の記載もなく、本件訴訟において証拠として提出もされていないのである。

(4)  既に述べたとおり、原告は、昭和五四年分の雇人費として支出したのは四六九万五、五五〇円であり、前記日雇帳(甲第四号証の一、二)に記載されている雇人費は二三一万六、三〇〇円である旨主張し、その差額は、化学床(スタイロ床)製造に係る雇人費(工賃)である旨主張している。

そして、原告のスタイロ床製造工場での工賃について、原告本人は、製造枚数によって算定されること、一枚当たりの工賃は、昭和五二年三月までは二〇〇円、それ以後は二五〇円であることを供述(原告本人昭和六三年四月一三日付尋問調書五丁、一一丁、一五丁)している。

そうすると、原告の主張に従えば、四六九万五、五五〇円から日雇帳に記載された二三一万六、三〇〇円と日雇帳に記載していないが、原告が従業員である大向夫婦に同年分のスタイロ床製造に係る工賃及び賞与として支払った二〇万円(原告本人昭和六三年四月一三日付尋問調書一一丁)を差し引いた二一七万九、二五〇円がスタイロ床製造に係る工賃になるところ、右金額を一枚当たりの工賃二五〇円で除した八、七一七枚が同年におけるスタイロ床製造枚数になるはずである。

しかし、他方で、原告本人は、昭和五四年におけるスタイロ畳製造枚数は約七、〇〇〇枚であると述べており(原告本人昭和六三年四月一三日付尋問調書一九丁、二〇丁)、スタイロ床製造枚数について、原告自身の供述の中でも相当大きな食い違いが認められるのである。

(5)  また、仮に、原告本人が供述するように、昭和五四年におけるスタイロ床の製造枚数が七、〇〇〇枚であるとすると、同年においては、スタイロ床製造に要した工賃は、一七五万円(二五〇円×七、〇〇〇枚)ということになり、日雇帳に記載された分二三一万六、三〇〇円との合計額(すなわち、原告本人の供述に基づく同年における雇人費)は、四〇六万六、三〇〇円となる。

右金額の同年における原告の売上金額に対する割合は、〇・一二三五(四〇六万六、三〇〇円÷三、二九二万〇、七五〇円)となるが、前記認定によれば、スタイロ床の製造に係る雇人費は、出来高に応じて支払われており、また他の畳床等の製造については日当で支払われているのであるが、一日当たりの製造枚数は概ね一定であると推測されるから、雇人費の売上金額に対する割合は、毎年ほぼ一定となるはずである。

そうすると、例えば、その前年である昭和五三年の売上金額二、二八五万七、三七五円に右割合を乗じた金額二八二万二、八八五円(二、二八五万七、三七五円×〇・一二三五)が同年における雇人費全体になるが、右金額から甲第三号証の一、二の日雇帳に記載されている金額二六三万二、六五〇円を控除した一九万〇、二三五円が、同年におけるスタイロ床の製造工賃ということになる。そして、右金額をスタイロ床一枚当たりの工賃二五〇円で除する(一九万〇、二三五円÷二五〇円)と、七六〇枚という数字が算出され、これが昭和五三年に製造されたスタイロ床の枚数の概数ということになる。

しかし、この枚数を、原告が翌年の昭和五四年の製造枚数として供述する七、〇〇〇枚と比較すると僅か一〇分の一程度に過ぎない。このような結果は、継続的に畳床を製造する業者である原告の営業内容として、極めて不自然であり、合理的な説明をすることができない。

このことは、雇人費に関し、甲第二ないし第四号証の各一、二の日雇帳に基づいてする原告の主張又は原告本人の供述が真実の数字に基づかないものであることを意味していると解さざるを得ない。

(6)  以上のとおり、日雇帳は、提出の経緯に照らすと、その存在自体についての疑問を拭い去ることできないし、その内容も、原告の主張又は原告本人の供述と大きく食い違う点が多く、これをもって、原告主張の雇人費を認定することはできないといわなければならない。

(7)  また、原告が主張し、かつ原告本人の供述するところによれば、日雇帳に記載された従業員に支払ったという給料は、畳床の製造枚数に直接関係するものであるところ、本件訴訟において、原告は、畳床の製造に係る売上金額のすべてを明らかにする資料を提出せず、かつ、前述のとおり、原告主張の売上金額の他にも売上金額が存在する可能性が認められるのであるから、原告が雇人費に関する実額のみを主張立証するだけでは、被告の推計による所得金額の認定を覆すに足りる有効な反証とはならないものである。

そうすると、本件では、右雇人費について、被告が主張するとおり、原告の従業員である大向正義が本件係争各年分における市民税に関して、原告からの賃金収入として年額五〇万円の支払を受けている旨を申告していることにより、認定すべきである。

4  昭和五三年分及び昭和五四年分における事業専従者控除の額については、当事者間に争いがない。

5  以上によれば、本件係争各年分の原告の事業所得金額は、本件訴訟において被告が主張する金額(昭和五二年分が九八三万九、九〇五円、昭和五三年分が六一六万六、二五一円、昭和五四年分が一、一一三万九、五三七円)となることが認められる。

四  よって、本件更正処分等は、右に認定した本件係争各年分の各事業所得金額の範囲内で行われたものであって、いずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 吉野孝義 裁判官 北川和郎)

別紙1

申告・更正等の経過

<省略>

別紙2~1

昭和52年分 売上金額の明細 (2~1)

<省略>

昭和52年分 売上金額の明細 (2~2)

<省略>

別紙2~2

昭和53年分 売上金額の明細

<省略>

別紙2~3

昭和54年分 売上金額の明細 (2~1)

<省略>

昭和54年分 売上金額の明細 (2~2)

<省略>

別紙3

同業者所得率一覧表

<省略>

別紙4

支払利子割引料の明細

<省略>

別紙5

係争各年分の建物減価償却費の明細

<省略>

別紙6

原告の係争各年分の事業所得金額の計算

<省略>

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